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Author:しげち

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【フランケンシュタイン】小さなお嬢様と坊ちゃんと、執事のこと

子ジュリアとルンゲ、坊ちゃんをめぐる対話。
基本ほのぼの。捏造多数。


「ねぇルンゲ、ヴィクターってどんな子? みんなは魔女だっていうわ」

 お仕えしている小さなお嬢様に訊かれて、ルンゲは首を振った。

「とんでもない。坊っちゃんは、とても頭のいい、そしてとてもお優しい方ですよ」

 ジュリアの従姉弟のエレンとヴィクターを、ジュリアの父ステファンが引きとると聞いたのはついさきほどの昼食の席だった。
 父のバロン・フランケンシュタインが命を落とし、身寄りの亡くなった姉弟を迎え入れるのだという。
 昨夜の事件は、ルンゲも耳にしていた。

「そうなの? 会ったことある?」
「ええ何度か。お話ししたことはありませんが。いつも本を読んでらっしゃいました。とても難しそうな」

 主人に付き添って、何度かフランケンシュタイン城に赴いたことはある。
 二人の子供の姿を目にすることがあったが、少年はいつも物静かに本を読んでいた。
 けれども、気難しい少年というわけではなく、ルンゲが風に飛ばしてしまった大切なメモを捕まえてくれたこともあった。
 あのときは、失敗を見られ、手を貸してもらったことの羞恥でまともにお礼も言えなかった。
 すぐに主人に呼ばれてそそくさと離れたが、それ以来一度も顔を見たことはない。
 大人のルンゲに、年下の弟にでもするように「しょうがないな」と笑ってメモを差し出した、少年の表情がずっと忘れられずにいた。

「私、本は好きよ」
「そうですね、ジュリアお嬢様はきっと坊っちゃんのいいお友だちになれますよ」
「どうしてみんなはあの子を魔女なんていうの?」
「魔女とは…本当にはいないのです。みな、自分が怖いものをそう呼ぶだけなのです。魔女のせいだと思い込もうとして」
「何が怖いの?」
「…死、です」

 少し迷ってから、ルンゲは答えた。

「ペストの流行、お嬢様も覚えてらっしゃいますよね?」
「ええ、町にいけなくて退屈だったわ」
「原因もわからず、前触れもなく、ある日突然、たくさんの人が病にかかり、手の施しようもなく亡くなっていきました。家族、友人、大切な人を亡くし、みなは悲しみ、怒っていたのです」
「どうして?」
「理由もわからず、突然死んでしまったから…いいえ、死はいつでも理不尽です。そんなときに、坊っちゃんのお母様が死んだのに生き返ったと噂された」
「…ほんとに、生き返ったの?」

 ジュリアが息を潜めて訊ねる。
 ルンゲははっきりと首を振った。

「いいえ、坊っちゃんが遺体を運んだのでしょう。生き返らせるとおっしゃっていたそうですから」
「じゃあ」
「でも、人々はそうは思わなかった。怪しげな魔術を使ったのだと思い込んだ。たくさんの人に死をもたらしたペスト以上に、恐ろしいことが起こるのではないかと怖くなったのです。だから…」

 あの事件のあらましは、いろいろな人から聞いている。
 町の人々の噂、フランケンシュタイン城の使用人のうちの知り合いの幾人か。
 なぜあの理知的なバロンが、焼き討ちにあわなければならないのか、ルンゲには理解できなかった。
 そうして考えた末の、彼なりの結論だった。

「そんなのひどいわ!」
「ええ、ええ、そうです、お嬢様。だからお嬢様は、あの方に優しくなさってください」

 会ったことのない従兄を思って憤慨するジュリアの純真さに、ルンゲは頬をゆるませる。

「あの方を助けるために、あの方のお父様は命を落とされました。きっと心は深く傷ついていらっしゃいます。どうか優しくして差し上げてください。ジュリアお嬢様ならきっと、あの方の心の傷を治して差し上げることができます」
「もちろんよ、ルンゲ。私あの子のお友だちになるわ。たくさん遊ぶの。ルンゲ、泣いているの?」
「申し訳ありません」
「もう…ルンゲったら大人なのに泣き虫ね」

 ルンゲの鼻筋を、ほろりほろりと涙の粒が転がり落ちる。
 大人びた笑顔でジュリアがルンゲの頬にハンカチをあてがった。

「ありがとうございます、ジュリアお嬢様。お嬢様は本当にお優しい方ですね」

 にこりとしてから、彼女の手をぎゅっと握った。

「あの方と、いっぱい遊んで差し上げてくださいね」
「もちろんよ。だからルンゲ、あなたも約束して」
「なんでしょうか」
「あなただけは、絶対にヴィクターを魔女って呼ばないって」

 ああ、とルンゲは思わず嘆息した。

「もちろん…もちろんです、お嬢様。どんなことがあっても、私はあの方の味方です。そんなひどいこと、絶対にいたしません」
「約束よ」
「はい」
「それじゃぁ、ヴィクターを歓迎する準備をしましょう」
「お嬢様…でももうすぐ、家庭教師の先生がいらっしゃいますよ」

 ちらりと時計を見て、ルンゲが困った顔をした。

「大丈夫よ、ね、お願い。ちょっとだけだから」
「…わかりました。先生がいらしたら、すぐにお勉強なさってくださいね」
「ええ」
「では、なにをしましょうか」

 幼いお嬢様と執事は、二人で楽しそうに話を続けるのだった。



 ヴィクターがステファン邸に引き取られてから数日が経った。
 庭の花を摘み、ジュリアとルンゲは東屋で花輪を編んでいた。

「これルンゲにあげるわ」
「ありがとうございます、お嬢様」

 身を屈めて、ルンゲがジュリアへ頭を差し出す。
 その頭の上にちょこんと乗せてやると、ルンゲが少し照れたように笑った。

「こっちは一番綺麗にできたから、ヴィクターにあげるの」
「きっと喜ばれますよ」

 もう一つの少し小さい花輪は、ルンゲの頭にあるものよりも色とりどりで、拙い作りながらも美しい。
 ルンゲもせっせと編みながら、にこにこと眺めた。

「あのね、ルンゲ」

 急にジュリアがあたりを見回し、小さな声で囁いた。

「はい、なんでしょう」
「私、私ね…ヴィクターが大好きよ」

 重大な秘密を告げる少女の頬は赤い。
 ルンゲはそうですか、と頷いた。

「ヴィクター坊っちゃん素敵ですもんね。私もヴィクター坊っちゃん大好きですよ」

 素直に告げると、小さなお嬢様はちょっと怒った顔をした。

「あら、でもヴィクターを一番大好きなのはあたしよ?」

 本気で怒っているらしい様子に、おそれよりも微笑ましさを感じて、ルンゲは眉を下げた。

「ええ、ええ、そうですとも、ジュリアお嬢様」
「ルンゲはどのくらいヴィクターを好きなの?」
「そうですね…ジュリアお嬢様が坊ちゃんをお好きなのと同じくらいでしょうか」
「それじゃだめよ!」

 ジュリアが立ち上がってルンゲを睨むように見た。

「だってルンゲは男の人だもの。ヴィクターと結婚できるのは女の人よ。あたし、ヴィクターと結婚したいのよ!」
「ええ、ええ、そうですね、もちろんですとも。さあ、せっかく作った花輪です。坊っちゃんに持っていきましょう」

 ルンゲがなだめると、まだ膨れていたジュリアは、少し迷ってからこくりと頷いた。



 大好きな従兄と離ればなれにならなければならなくなったジュリアは、一晩中泣いていた。
 そして朝、髪も整えないままに決然とした表情で父親の部屋へ向かった。

「ルンゲ、お父様にお願いして、あなたをヴィクターに付いていかせるようにしたわ」

 ステファンに呼ばれてジュリアを部屋へ連れていく途中で、ルンゲはこんなふうに言われて驚いた。

「私を、ですか?」
「ええ。あなた、ヴィクターを大好きだもの」

 幼い少女に言われて、けれどルンゲはにこりと返した。

「…はい お嬢様と同じように、坊っちゃんのこと、大好きです」
「でもヴィクターと結婚するのは私よ」
「もちろんですお嬢様」

 ジュリアに言われなくても、自分から志願するつもりでいた。
 だからステファンの部屋へ行こうとしていたのだが。

「……ほかの誰にも頼めないわ」
「…はい」

 使用人の多くは、ヴィクターについての「魔女」という噂を鵜呑みにし、遠巻きに怖がっている。
 あんなに利発で愛らしい坊ちゃんなのに、とルンゲはいつも思う。
 きっとこの分では、ドイツへ留学するヴィクターについていきたいという使用人は、ルンゲ一人だろう。
 つまりそれは、食事の世話から身の回りのすべてを、ルンゲ一人で負うことになる。

「ジュリアお嬢様、私は坊ちゃんに誠心誠意お仕えします。この命にかけても」
「お願いね、ルンゲ」

 握った手をぎゅっと強く力を込め、少女が低く囁いた。
 泣きはらした赤い目は痛々しかったが、それ以上弱い姿を見せるつもりはないらしい。
 気位の高い小さな貴婦人に、ルンゲは応えるように手を握り返した。
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