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【フランケンシュタイン】カレー記念日

時代考証と文化考証はログアウトしてます、探さないでください。
タイトルはあれです、サラダ記念日的な。

ニンジンスープが出てくる前に書いたものだったんだけど、終わってみるとなんか公式も同じ設定になっているような気がしてきたのでとても怖い(笑)
野菜嫌いな坊ちゃんで苦労したんですね…



「今日こそは、なんとしても坊ちゃんに人参を食べてもらいます!」

 ルンゲは、一人厨房でお玉を握りしめた。
 留学、の名目で彼の主人、ヴィクター・フランケンシュタインが故郷のジュネーブからバイエルンの都市に引っ越してきたのはつい1週間前のことだった。
 ヴィクターの伯父であるステファンの手配でこぢんまりとした一軒家に落ち着いたその日から、主人の身の回りの世話はすべてルンゲが行っている。
 洗濯の手配や掃除のための通いの家政婦との賃金交渉などのほかに、新しく通う学校の手続きも、主人の代理としてルンゲが行った。
 とはいえ、必要書類へのサインはステファンがすでに済ませてあったから、入学金の支払いなどの事務手続きのみで済んだが。
 そしてルンゲの仕事の最大のものが、毎日の食事だった。
 元々料理を作るのは嫌いではない。
 代々執事の家柄の人間として、主人の舌を満足させる程度の技術は学んできている。
 とはいえ、相手は成長期の子供、ただ主人の好みに合わせていては栄養が偏ってしまう。
 だからルンゲは、毎回なるべく美味しく、そして体にいいものをと心がけた。
 だというのに、誠心誠意お仕えしている小さな主人は、野菜があまり好きではないようだった。
 形の残っている野菜は見ただけでしかめ面になるし、皿からは肉ばかりがさっさと消えていく。
 それでも、味付けを変えたり好物に添えたりと工夫を凝らし、昨日はロールキャベツもカボチャのスープも完食してくれた。
 最初の晩に出したミネストローネはベーコンとパスタのみ食べられていたことを思えば、格段の進歩といえた。

「残るは、人参のみ…!」

 目の目でぐつぐつと煮える鍋を見つめ、ルンゲは改めて気合いを入れた。
 きっとこれなら食べてくれるはず。
 材料を手に入れるのに少し時間がかかってしまったが、これならきっと。


「坊ちゃん、今夜はカレーライスですよー」

 食堂にやってきたヴィクターの前に、そう言いながら皿を置く。
 匂いでわかっていたのだろう、いそいそとナプキンを襟に差し込み、スプーンを手に取る少年を見ながら、ルンゲは心の中でガッツポーズを作った。
 坊ちゃんの一番の好物と聞いて、スパイスやライスを取り寄せた甲斐がありました。
 心の中で頷きながら、皿の覆いをとる。
 ふわりと香るスパイシーな芳香は、それだけで食欲を刺激する。

「…いただきます」

 きちんと言ってから、少年はスプーンを皿に伸ばす。
 後ろからグラスに水を注いでやりながら、ルンゲは注意深く主人の様子を観察した。
 一口、二口…ライスとルーを混ぜて、肉も一緒に、…今度はジャガイモも。

「……いかがですか?」

 半分ほどを食べたあたりで、ついつい我慢できなくなって声をかけた。
 味見はしているので自信がないわけではないが、それでも気になるものは仕方がない。

「…ルンゲ、あーん」
「はい?」
「ほら」

 少年にスプーンを差し出され、何度かスプーンと相手の顔を見比べる。

「ルンゲ」
「は、はいっ」

 主人の声がいらいらしたようなものになって、ルンゲは慌ててスプーンにぱくりとかぶりついた。
 すぐに離れてもぐもぐと咀嚼する。
 味は悪くない、辛すぎもしないはず。
 そう確認してから、口の中のものが人参の塊だったことに気づいた。

「…坊ちゃん!」
「なんだ」
「また人参残して!」
「今食べたじゃないか」
「私が食べたんでしょう! だめです、ちゃんと全部食べてくださらないと」

 気づけば皿にはもうほとんど残っていない。
 三かけらほどの人参があるだけ。

「これでも少なくした方なんです、まったく一口も食べないだなんて…お願いですからそれだけでも食べてください」
「いやだ」
「坊ちゃん」
「これ美味しいからルンゲにあげる」

 はい、ともう一度差し出される。
 思わず、ありがとうございます、と言いかけて踏みとどまった。

「いけません、そういうことをやって可愛いからと許されるのは5歳までです」

 なけなしの威厳をかき集めて首を振ると、ヴィクターが頬を膨らませた。

「…その三つを食べてくださったら、明日は坊ちゃんの好きなものをお作りします。それに、一つも食べないで捨ててしまうなんていけません。坊ちゃんの食べやすい大きさや味にしているんですから。お願いします、坊ちゃん」

 床に膝をついて見上げ、懇願する。
 ヴィクターがぷいとそっぽを向いたが、少し目が迷っているようだった。

「ね、カレー、美味しかったでしょう? 人参の味なんてほとんどしませんよ。それに、お菓子だって、坊ちゃんの好きなマドレーヌを作って差し上げます」
「…ココアもつける?」
「ええ、もちろんです。ちゃんと全部食べたご褒美、なんでも差し上げますよ」
「……わかった」

 きゅ、と眉をつり上げて、少年が人参をスプーンにすくい、口に運ぶ。
 咀嚼することなくそのまま飲み込み、二つめ、三つめも同じように飲み込んでいく。

「偉いです、坊ちゃん。さすがですね」
「とうぜんだ」

 最後に水を一気にあおってから、ごちそうさま、と少年はスプーンを置いた。



 ヴィクターが、味をカレーでごまかさなくても人参を食べられるようになったのはこの一年後。
 毎日のようにカレーを作るルンゲに「カレー臭い」と言ってしまって以降カレーが作られなくなってからのことで、それはまた別のお話。

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